分子磁性国際会議(ICMM: International Conference on Molecular Magnetism)は、分子磁性分野を代表する国際会議であり、創設以来ほぼ2年ごとに開催されている。今回の会議は、磁性材料研究に長い伝統を持つフランスが主催国となった。会議では、参加者全員が一堂に会する単一会場形式が採用され、有機ラジカル分子、単分子磁石、スピンクロスオーバーなど多岐にわたるテーマについて口頭発表が行われた。初日には若手研究者を対象とした「ライジングスターセッション」が設けられ、ポスター発表は2日間にわたり実施された。次回以降は、カナダ・インド・日本での開催が予定されているとアナウンスされた。



私は今回の学会参加において2件のポスター発表を行った。
1件目は、熱などの外部刺激に応じて共有結合の形成・解離を可逆的に制御する現象に関する研究である。分子磁性化合物の分野では、遷移金属や希土類金属を用いた錯体に基づく分子設計が主流であり、有機ラジカル分子を対象とした研究は相対的に少ない。そのため聴衆は多くはなかったものの、発表を聞き議論した研究者からは、世界で初めて分子内ニトロキシド共有結合を示した分子設計指針や、多様な解析に基づく平衡反応の存在予測について高い関心を示していただいた。
2件目の発表題目は、「構造異性体がスピンクロスオーバー(SCO)挙動に影響する要因解明に向けた新たな洞察の提案」である。SCO は外部刺激によってスピン状態が可逆的に変化する現象である。本発表では、分子間相互作用の定量に用いられる Hirshfeld 解析を SCO 転移温度の予測に応用する手法を紹介した。また、キラル配位子を用いた錯体に着目して研究を進めた点も特徴である。今回の学会では、キラリティ導入が磁気特性に与える影響が全体的に注目されており、キラリティによる結晶パッキング変化や磁気応答への影響について多くの有益な議論を行うことができた。これらの議論から得られた意見は、今後の論文執筆に大いに役立つものであった。
当学会には2年前にも参加したが、今回の学会では前回と比べて、私が特に関心を寄せているスピン転移に関する興味深い発表が多かった。また、物理学的背景に基づくシミュレーション解析や精密な物性測定の成果に触れ、いずれも深い洞察に裏付けられた議論が展開されており、大いに刺激を受けた。専門的で難解な点も多かったものの、研究の進め方や考え方を再考する貴重な機会となった。

懇親会では主催者の方の隣で食事をする機会をいただき、研究者としての将来について相談できた。また、12月から3か月の研究留学で共同研究を行う予定のドイツの大学の教授ともお会いし、留学中に進める研究テーマについて直接話し合うことができた。留学前に対面で意見交換の機会を持てたことは、研究留学をより有意義にするうえで非常に有益であった。
学会が主催するエクスカーションではアルカションを訪れた。アルカションは砂丘と牡蠣が名物であるが、実はこの地の牡蠣は過去に2度絶滅しており、2度目の絶滅からの復興には日本の牡蠣が親牡蠣として利用されたということをバスガイドの方から教えていただいた。フランス人はワインについて語り始めると、歴史から製法、テイスティングまで話が尽きず、ワインに対する深い愛情が感じられた。研究だけでなく、フランスの風土や歴史、人柄、文化に触れられたことは、私にとっても非常に刺激的な体験であった。
