European Signal Processing Conference (EUSIPCO) は、信号処理分野において世界的に高く評価されている会議の一つであり、毎年多くの論文が投稿されます。今年の会議は、2024年8月26日から30日の間、フランスのリヨンで開催されました。本会議の主なテーマは信号処理ですが、その中でも信号処理理論、音声信号処理、音声認識、映像信号処理、レーダーおよびソナーの信号処理、楽器音響など、幅広い分野の研究発表が行われました。発表方法には口頭発表とポスター発表があり、投稿された論文に基づいてセッションの配属が決定されます。この会議は大規模な学会であり、発表時の議論だけでなく、懇親会や休憩時間中にも活発な議論が行われている印象を受けました。
私は「Low Algorithmic Delay Implementation of Convolutional Beamformer for Online Joint Source Separation and Dereverberation(オンライン音源分離・残響除去のための畳み込みビームフォーマの低アルゴリズム遅延実装)」というタイトルにて口頭発表を行った。本研究は複数話者の発話を録音した観測信号のみから事前情報(混合状況や学習データなど)を使用せずに音源分離・雑音除去を行う手法のアルゴリズム遅延の低減と性能向上を目的とした研究である。従来の研究では音源分離手法であるオンライン独立ベクトル解析(IVA)を逆離散フーリエ変換により周波数領域から時間領域のフィルターに変換し、その後非因果成分を切り捨てることでアルゴリズム遅延を低減していた。しかし、この手法では残響の影響が大きい場合に性能が著しく低下する課題があった。そこでこの問題を解決するために、提案手法ではIVAの代わりに音源分離と残響抑制の同時最適化を可能にしたフレームワークの一つである畳み込みビームフォーマ(CBF)を導入した。短時間フーリエ変換による周波数領域では、CBFは畳み込み伝達関数によって残響の影響を軽減することができ、フーリエ変換の線形性により、CBFフィルターは時間領域に移行することができる。また、CBFの畳み込みフィルターの遅延の原因である非因果成分は IVAのものと同様に現れるため、これらの成分を切り捨てることで、低アルゴリズム遅延を達成することが期待できる。高残響下における音源分離を行った実験結果により、提案手法は従来手法と同様に低アルゴリズム遅延を維持しつつ、従来手法よりも優れた分離性能を達成することが示された。
今年のEUSIPCOに参加できたことは、私にとって非常に貴重な経験となりました。今回の発表内容は、修士課程中の研究の一部をまとめたものであり、音声信号処理の分野で著名な多くの研究者に発表し、フィードバックや提案をいただけたことは、修士課程を締めくくるにあたり、最良の形となりました。また、それ以上に多くの人々とのコミュニケーションや、我々の分野における最先端の研究について学ぶ機会を得ることができ、博士課程に進むにあたり良いスタートを切ることができたと感じています。
会議中、自分の研究分野だけでなく、他分野の様々な発表を聞き、世界中の研究者との議論を通じて知識を深めることができたことは、非常に良い経験となりました。特に印象に残っている研究の一つは、2つのマイクロホンアレイ間の相対伝達行列を用いて受信したノイズの共分散を推定し、ウィーナーフィルタを適用してノイズを低減するというアルゴリズムです。これは、信号の事前統計モデルに基づいて分離やノイズ低減を行う私の研究対象とは異なるアプローチです。この研究発表を聞いた後、発表者と互いの研究の共通点と相違点について議論し、自分の研究方向に対する理解を深め、技術的視野を広げることができたことは非常に有意義でした。将来的には、これらのアプローチを組み合わせたり、彼らの問題解決手法を参考にしたりすることで、新たなアプローチとして取り組んでみたいと考えています。
最後に、本国際会議への参加にあたり、貴財団から多大なるご支援を賜りましたことに、心より感謝申し上げます。